母子共依存娘から自立への道

40代・母子共依存娘の自立するまでの道のりを綴ります。

お金の思い込みも出てきた

お金の思い込み。

 

もし、例えば、1000万が入ってきたとする。

「どーしよー、困るー」と思ってる。

「溜まっちゃうー」と思ってる。

「どうやって使ったら良いかわかんないよー」とも思ってる。

「使い方がわからない私はバカだー」みたいにも思ってる。

 

なんか感覚的には、重くのしかかってくる感じ。

1000万、欲しい。

1000万、欲しいのに、いざ入ってくると思うと「重苦しい」。

 

書きながら思った。

「大金 = 親の愛・親の期待」

かもしれない。

 

 

 

親の愛が重いのだ。

 

親がお金(大金でも少額でも)をくれたとしたら。

私は、「見張られてる感じ」するのだ。

 

「親の期待に応える使い方をしなくては」

と重く追い詰められてる感覚なのだ。

 

多分、父というより、母の念を感じてるんだと思う。

「不自由」感。

「見張られ」感。

 

「私の思い通りにしなさいよ」

 

わ〜、恐ぁ〜〜〜〜:(;゙゚'ω゚'):

 

 

 

「私の愛を、思った通りに受け取りなさいよ」

「私の愛を、私が望むように喜んで受け取りなさいよ」

「私の愛を、私が望むように喜んで受け取って、感謝して服従しなさいよ」

 

ってところかしら…。

 

 

 

このパッカンが出たのは、心屋つながりの知人のある返答から。

 

母の愚痴だらけの日常を話した時、ふと

「お母さん、寂しいんだね〜」と言ったのだ。

これで、「あっ」と、私の中で何かが割れた。

ちょっと見える世界が変わった感じ。

 

 

 

 

お金、特に大金を受け取ることは、

「母の呪縛から逃れられない感覚」と同意になってしまっている。

 

「お金がある」って、「自由」とニヤイコールだと思ってる。

誰かにお金を出してもらえば、自分がお金なくても、

楽しいこと・欲しい物を手に入れることが出来る。

でも、やっぱり今の世の中、何かするにはお金が間に入ってくる。

楽しいこと・欲しいもの・やりたいことの潤滑剤というか、橋渡し役というか。

 

 

 

なのに、今の私は

「お金がある = 不自由」

という方程式になっている。。

 

「お金がある = 母の言う通りにしなくてはいけない」

でもあるかな〜。

 

 

 

そりゃーねー、お金入ってこないわー。

だって、母の言う通りにしたくないんだもの。

これは苦しい状態だったわね。

だって、「自分の〜したい」と「母の言う通り」の両極を抱えてるんだもの。

 

そして、いつもいつも「お金欲しい」「お金ない」。

 

前提は、

「お金入ってこない人」

「稼げない人」

「親からはお金は貰える人」

「親から以外はお金が貰えない人」

「したいことは出来ない人」

「我慢しなきゃいけない → 我慢してればイイ」

「諦めるしかない」

 

 

 

うーん、うーん。

「お金」ってのを入れると、逆に見えなくなるわね。

もっと突き詰めていくと…

 

「母親の思い通りにしか、生きられない人」

「母の思い通り以外は、生きちゃダメな人」

「母の思い通り以外に生きると、バチが当たる人」

「母の思い通り以外には、生きられるわけがない人」

 

これらを突き詰めると…

「母の思い通りに生きると決めた人」

 

ギャーーーー!((((;゚Д゚)))))))

 

 

 

 

えーと、えーと、これをひっくり返すには…

仁さんが何度も何度も言ってるよね…
えっと、えっと〜〜〜

 

・「それはないわ」をやる

・「逆やでー」だから、今までの逆をやる

 

 

 

…た、確かに、逆をやったらテンション上がるわ、きっと。

フワフワ、女性らしい格好をする。

男性に甘える・媚びる・頼る。

他にも色々あるよ、今思いつかないけどー!

今まで「…でもな〜」で、やらなかったことをやっていけばイイんだよね♪

 

 

だから、「お母さんを捨ててもイイ」なんだね〜〜〜